セックスフレンドは活用の仕方次第で膳になる
2011-11-10
セックスフレンドには悪い印象がつきまとっていますね。
男女が体だけを求めつながっているワールド。
そこに恋人関係のような甘い感情、豊かな歴史でつながれる結び目はありません。
体だけでつながった、実にもろくてはかない関係性。
いつ壊れて消失してしまうかもしれないドライでさっぱりとした結び目。
社会的に糾弾されがちなこの認めがたいドライな関係性はしかしドライであるからこそ、逆に現代のストレス社会に必要不可欠な関係性だと言えるのではないかと僕は思うのです。
例えば、パートナーとの感情のつながりは豊かではあるけれどもどうにもセックスの相性が合わない場合。
なかなか口に出して言い難いし、かといって結婚後も性的に満たされない生活を送るのは嫌だ。
たまっていく不快感、悪意、別離の予感。
そこにグループセックスの登場で一気にそれら元凶を生み出すオリジナルを解消できる可能性が出てくる。
例えば、日々仕事で休みがない。でも彼女にはたまの日曜日くらいはどこか出かけてリフレッシュしようよとせがまれる。
うっとうし、めんどくさい。だけど性欲だけは発散したい。
そんな時にセフレを活用すると、めんどくさいステップを省いて性欲を消化することができる。
このようにセフレとは今ある不満、ストレスをその活用の仕方によってうまくコントロールできる概念であるのです。
ただただセフレ=悪とはみなすのは浅はかでしょう。
奥をのぞき込めば、意外とセフレは極めて有効な関係性なんですよ
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